ここでは、言語学、記号論、構造主義、認知心理学っぽい話を書こうと思います。えい、や〜っとかなり荒っぽくやりますので、えっと、参考程度に読んでいただけると嬉しいです。というわけで、はじまりはじまり〜。
■Vol.1:ソシュールと「一般言語学講義」
20世紀初め、それまでの言語に対する概念を覆す書物が出版されました。ジュネーブの言語学者フェルディナン・ド・ソシュールによる「一般言語学講義」です。厳密に言えばこの本はソシュールさんが直接書いたものではなく、大学の講義内容を彼の死後弟子達がまとめたものなのですが、そこに収められた独自の新しい言語観は、次世代の言語学者、記号論学者、人類学者、文芸評論家など、広く影響を与えることになりました。
ソシュールさん以前の言語学とは、"各言語が歴史的に見てどの様に変化してきたか?"を研究するものでした。実際の資料をデータとし、客観的な分析を行う言語の歴史的変遷の研究は、確かに意義深いものではあります。しかし、果たしてそれだけでいいのだろうか?とソシュールは悩みました。そして、「言語と人間は密接な関係にある。その関係性に目を向けて、つながりの仕組みを明らかにしたい!」と強く思うようになり、とことん突き詰めることで、
「言語が使われるのに歴史なんて関係ないじゃないか。そのことばが昔どう使われていたかなんて知らなくてもなんの問題もない。ある時点で、ある人たちに言語を使うための規則が分けられていればそれでいいじゃないか。歴史なんて考える必要がないんだ。」
と、考えるようになりました。
さらに、
「もっと研究範囲を狭めて、指しあたり"音"のことを考えるのをやめよう。言葉の発音方法や発生、音声なんてものはとても個人的なものだ。だから人々に共通に分けられている規則である言語そのものをまず考えることにしよう!」
と、決めることで、言語学で扱う研究対象をギュッと絞込み明確にしました。
このような考えの下彼は言語がどのように成り立っているかを考え続け、ある結論へと導かれます。それが「ことばとは記号のシステムである」というものです。普段何気なくことばを使いコミュニケーションをはかっている僕達ですが、その実ことばがどうやって成り立っているか深く考えることはほとんどないですよね。ことば=記号(のシステム)とはいったいどういうことなのかを解き明かすことで、言語コミュニケーションの仕組みに迫ってゆきます(つづく)。
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